中国人をアテンドしたら疲れたの巻

急遽私の友人の中国人の日本観光アテンドをすることになった。近年の中国人の日本旅行スタイルの変遷は目まぐるしく変わってきている。2010年代初頭は爆買い!団体旅行!TOKYO!SUSHI!と紋切り型の観光スタイルだったが、2010年代後半は個人旅行者が増えたのも相まって彼らの旅行スタイルは細分化してきている。今回は北京在住30歳女性の個人旅行のアテンドをしたので、そこから得た現代中国人の1サンプルをご紹介したい。

初日から私は“わざわざ”成田空港へ迎えに行った。羽田にしてくれればいくらか楽なのだが…中国人からすると『成田』と『羽田』の区別は紛らわしく、とにかく東京の空港に行けばよかろうと認識されているみたいだ。1番安価に都心へ行ける京成線に乗り、「1時間以上かかるよ」と告げると「なぜそんなにかかるの!?」と言われる。ゴメンネ、日本の空港は遠いのさ…。「日本人は電車の中でうるさくしないのね!」成田から出たばっかだから乗ってるの外国人なんですが…。

次の日私は彼女に茶道を体験してもらおうと白金台にある八芳園へ連れて行った。ここには見事な日本式庭園と150年の歴史を持つ茶室があり、ひそかに海外の方に人気を博しているスポットである。

こちらでは茶道が体験できる。立礼式が一人2,160円、広間席(和室でじっくり)が一人8,640円。結論から言うとおそらく広間席の方が喜ばれるだろう。今回は予約が詰まってたので立礼式にしたが、割とあっさりと終わったので彼女はコスパ的にどうなんだと、喜び半分・少し不満のようであった。ただもてなしてくれた方は英語と中国語の解説を準備してくださっていって、とても助かりました。茶室だ千利休だ何だを通訳するのは骨が折れる…。庭園はタダで入れるのでぜひどうぞ。

と、観光初日にして彼女のカメラのレンズが壊れる。彼女は写真家でもあるので、曰く「カメラが無いのは手が無いのと同じ」だそうで、西新宿の中古カメラ街へ連れて行く。カメラのキタムラで見てもらうも修理に一カ月はかかるし費用もかかると。では中古のレンズを探そうとなったのだが、これはどこの国の人も同じなのだろうか、いわゆる女の買い物は長い、である。最近はネットで見れば最安値が分かるのだが、自分の眼で確かめないと気が済まないらしい。ネットの中国人コミュニティに聞いたらしく、ビックカメラとヤマダ電機に行きたい!と言ってきかない。私は言う。ビックカメラとかに言っても中古は無いし、基本定価だぞ、と。それでも口コミ文化が強力な中国、眼の前の日本人の言うことは聞いてくれやしない。結局ビックでもヤマダでも見つからず、西新宿の中古カメラ屋に戻って買う。よかったね(怒)!

せっかく新宿に来たのだからと都庁へ案内。東京の街並みを貴方に見せたい。無料でな!!スカイツリーも六本木ヒルズも展望室に行くには金がかかる。その点都庁はタダである。免費!!

晩飯をどこか日本料理の店でと思ったがご本人が日本のスーパーを見てみたいとのことで、スーパーで買い物をしてうちに帰る。

 ピンボケ失礼

流石中国人、料理はうまい。豆腐煎(中国式豆腐ステーキ?)、小松菜炒め、もやしの卵炒め、豚肉の西京漬け焼き。豆腐ステーキは豆板醤と醤油で香ばしく濃厚。

翌日は一人で観光していただいて、夜に新宿で合流。ベタベタだが新宿ゴールデン街へご案内。目論見通り東京ローカル感をお楽しみいただく。「深夜食堂の世界ね!」そう、深夜食堂は中国でも人気なのである。料理店のオヤジと客のカウンター越しの交流が新鮮だそうだ。深夜食堂の店は無いが、せっかくなので店主と交流できる飲み屋へ。写真家の集まる飲み屋、『こどじ』。森山大道氏も来られるという名店。狭い店内に所狭しと写真が飾られ、日によっては展示もしている。本日は展示があり、幸いなことに写真家ご本人も飲みに来られて、せっかくなのだからと彼女の写真作品を見ていただいた。「刺激的だね~。どんどん発表するといいですよ」とのお言葉をいただき彼女満足僕満足。このお店は飲み物一律600円(お通し600円)、食べ物は近隣の店から出前可能、かわいい女性マスター、写真集見放題の素敵なお店。芸術方面お好きな外国人の方には喜ばれるでしょう(外国語不可ではあるが)。

続く!(多分)

 

おまけ

西新宿の理容室広告。「こんなセクシーな広告中国には無い!」だそうです

書評『スッキリ中国論 スジの日本、量の中国』著:田中信彦

中国人は列に割り込む…よく言われることだし、自分自身中国で割り込みを何度となく見かけた。しかしいつも不思議に思っていたのは、「割り込まれた方はまるで気にしていない」ということだ。怒りを抑えているという感じには見えず、そもそも意に介してないようにも見えた。なぜ割り込まれたのに怒らない…?この長年の問いを“スッキリ”させてくれたのが本書だ。

本書は「スジの日本、量の中国」のとおりスジ思考=日本式、量=中国式という構図で終始展開される。その説明事例として「中国人はジュースを買うときに小銭を借りても返さない」というのが本書ではあげられている。日本人的にはいかに少額といえど借りたものは返す“べき”であるというのが常識的感覚として共有されているが、中国人的感覚ではジュースを買うくらいの小銭なら貸す側にとって“実質的”に損失ではないので返す必要は(返される必要も)ない、というのがその説明である。これは文化の違いであって、善悪や正邪の問題ではない。日本人は物事の大小ではなく規範で判断し、中国人は観念的規範ではなく現実的影響で判断する、その違いを知れば異文化にストレスを感じることも無いし、対応しやすくなるだろう、というのが本書の主な主張である。

冒頭の「列に割り込まれた中国人はなぜ起こらない?」にもこのフレームワークで答えている。割り込む方は「これくらいの人数なら大して迷惑はかからない」、割り込まれる方は「これくらいの人数なら大して問題ではない」、これがその答えである。なるほど、これは説得力がある。“大陸的”というか大らかというか、何にせよ大雑把だなあと思っていたが、“量”という軸で判断していたのだなあ、と合点がいった。ちなみにこう書くと意外に思われるかもしれないが、私の知る範囲では中国人は思想やイデオロギーにあまり関心が無いように見える。たしかに思想にかぶれても自分の収入が増えるわけでもない。そんなことより自身のビジネス(≒現実)に集中したいよ、と。これも量の思考なのだろう。しかし本書でも書かれているが、この量の思考は個人の生き方としては有効だが国や社会という全体の効率という観点ではスジの方に利があるかもしれない。これも本書の一つのテーマでもある。

ここで本書におけるスジと量のメリット・デメリットをご紹介しておきたい。スジには「行動が計画的になる」「仕事の前準備をするのでスムーズに進みやすい」「行動後の問題の発生率が低い」というメリットがあり、「決断に時間がかかる」「前例にとらわれやすく、変化しにくい」「心配過多で結果的にムダが出やすい」「製品・サービスがオーバースペックになりやすい」というデメリットがある。量には「決断が早い」「臨機応変」「うまくいっている時はムダがない」というメリットがあり、「規範性が低い。人や状況によっていうことが変わる」「継続性に乏しい」「ものごとの本質を追求する姿勢が弱い」「同じ失敗を繰り返しやすい」というデメリットがある。(完全な引用ではないが、一応引用しましたということで)。本書内で何度も書かれているように、ここにあるのは“違い”であって、“優劣”ではない。

さて本書の全6章のうち第1章は主に中国人の性格というものの解説になっており内容的に読みやすいのだが、第2章以降内容が労働観やビジネス観、社会観などの日中比較文化論になり、いい意味で読みごたえが出てくる。以下かいつまんで要約させていただきたい(私の解説や感想が加えられているので、本書の内容を正確に要約しているわけではないことご留意ください)。

●リーンな日本、ファットな中国

リーンとは痩せて筋肉質という意味で、日本企業はトヨタのカイゼンなどに代表されるように経営のムダをそぎ落としつつ効率をあげることが得意であり、それがある種美徳ともされている。対して中国はファット、ぜい肉が多く非効率でムダが多いとしている。中国式経営ではまず“先に”従業員にそれなりの報酬や権限を与えるからである(日本はまずは安く採用し、活躍すれば後で報酬が上がる)。たしかに伸び盛りの中国市場においてはムダのない引き締まった経営をするより、多少のムダは気にせずジャブジャブ投資してでっかく回収するのが良さそうではあるが、今後中国経済が成熟し商品に付加価値が求められるようになるとぜい肉を落とし筋肉質にならないと競争できないのではないか。

●稼ぐなら「投資」の中国、「仕事」の日本

日本人的には「稼ぐ」という言葉は暗に仕事量を増やしたり仕事の質を増やして単価を上げることによって収入を増やす、つまり自分が働くというニュアンスがあると思うのだが、本書で言うところの中国人的感覚では「稼ぐ」というのは自分ではなく投資(=お金に働いてもらう)によってというニュアンスがある。たとえばショッピングモールひとつとっても日本人的には接客を見直したりテナントを入れ替えるなどしてモールの質を高め集客と客単価を向上させる、それが稼ぎになるのだ、と考えるだろう。しかし中国人的にはまずモールを作り、その時点で周辺の地価が上がり、さらにホテルやマンションを組み合わせて付加価値を大幅に高めてさらには地元政府を巻き込み地下鉄や高速道路を引き込んで資産価値を高めていく…と。もちろん日本でもディベロッパーはこのような戦略ではあると思うのだが。ちなみに中国で美術館の新設が盛んなのも同様の理由にあると言われている。このあたりは美術手帖2018年10月号に掲載されている中国人美術評論家・姜俊文氏による論考に詳しく解説されている。

またこの項にはあのWe chat payをはじめとする電子決済システムがなぜ大流行したかの解説もある。気になる方はぜひ本書を読まれることをおすすめする。

●中国人があっさり会社を辞める理由

「安定」とはどういう状態を言うのだろう?日本人のイメージする安定は、しっかりとした会社に属し、できれば定年まで勤めあげることであろうが、中国人的には、世の中は常に変化するものだから、一つの場所に根を下ろさずいつでも転職できるフレキシブルな自分でいること、それが安定である、と。この生き方は中国における個人の生き方としてはたしかに理にかなっているとは思うのだが、一方で企業や本人に経験の蓄積がされにくく、また製品・サービスの改善も成されにくいというデメリットがある。日本式の一見ぬるま湯のような雇用システムも、製品・サービスのクオリティアップの土壌であると気づかされる。そして一方で今のあり方に限界を感じ始めた中国の経営者たちが日本式雇用や管理、職人気質というものに強い関心を持っているとも本項では書かれている。

●スジの日本が生きる道

現代中国の少なからぬ数の中国人が日本製品を愛好している。電気釜や保温ボトル、包丁などがその高性能さゆえに売れているそうだ。これは日本企業が長年人知れず(?)クオリティアップに努めてきたことが、中国のホワイトカラー層の拡大とそのライフスタイルの移り変わりにジャストミートした結果である。今後もこの層は増えていくので、消費者の生活をより良くしていくという愚直なまでの理念で商品開発を続けるべきだ。

 

中国ビジネスの観点だけでなく日本式思考を見つめなおすという意味でも非常に考えさせられる内容が多く、本記事で書かせてもらったのはその一部に過ぎないが、おおむね通底するのは、スピード感を持ってでっかく稼ぐ中国と、少しづつ積み上げていくことを良しとする日本の違いである。作家の邱永漢が「日本人は職人、中国人は商人」という名言を残しているが、スジの思考=職人的、量の思考=商人的、と見なせるだろう。本書でも度々言及されるが、両者に優劣はなく、違いに注目すべきである。たしかに21世紀に入ってからというもの世の中変化が早く、中国式の量の思考が効果を上げているが、日本式のスジの思考には瞬発力こそないものの持続性・持続可能性という利点があるわけで、両者どちらかに主軸を置くにしても一方のエッセンスを取り入れていいとこどりをするのが良いのではないか

 

話は逸れるが、私は2010年に初めて中国の地に降りて以来、中国人・中国社会を理解しようと努めそして多少なりとも分かってきたつもりである。しかしその一方で副作用的に日本人・日本社会というのを改めて知り始めていることに気づいた。海外に行くと自国を見つめなおすとはよく言われるが、まったくその通りである。旅は自分を勉強させるのである。

上海・張慈中書籍装幀設計芸術館

中国の書籍装幀デザイン第一人者、張慈中。戦後の新中国成立以降半世紀以上活躍している御仁である。国家の出版物のデザインを多く手掛けており、中華人民共和国憲法や毛沢東選集、党の機関紙『紅旗』なども彼の仕事である。日本のデザインもそうだが、こういう黎明期のデザインは人の手触りが感じられて、どこか懐かしかったりする。

張慈中は1924年上海・楓涇古鎮生まれ。楓涇古鎮の中にこの『張慈中書籍装幀設計芸術館』が建てられたのは2016年の頃、その当時の記事によると本人はご存命とのことでずいぶん長命な方であり、長らく中国のデザインとその発展を見てこられたのだろうなあ、と思う。

館内の解説を読むと元々上海や杭州で広告デザインの仕事をしていたそうで、上海広告デザイン界の“四小龍”の一人と称されたそうだ(この通り名のセンスたまらないですね)。その後広告デザイナーから書籍装幀家へと転向し、北京市の文化委員会主任を務めるなどしながら、わりあい国家的・公的な仕事を多く手掛けてきたそうだ。

中華人民共和国憲法の装幀を1954年に手掛け、その時用いた自作の長宋体が中華字体庫(書体を収めた辞典みたいなもの?)に収録され広く使用されるなど、現代中国の文化に与えた影響は大きい。

 

とまあこんな感じで、デザイナーの私としてはとても興味深く観ることができ、思いの外時間を使ってしまった。

話は変わるが、中国に来た際はぜひ本屋に寄ってみてほしい。中国語が読めなくとも、日本とはまた違った装幀デザインに目を奪われることだろう。ディテールや品質、マーケティング意識などは日本のデザインの方が断然良い。しかし元気さというか、自由さ、彩りの幅広さなどは中国のデザイン、見ていて実に楽しい。

上海・楓涇人民公社旧址と毛沢東バッヂ珍蔵館

人民公社を簡潔に説明するのは難しい。とりあえず戦後から改革開放(1978)に移行するまでの期間、平たく言えば村役場や行政の末端の組織、農協、のようなものとして存在していた。中国計画経済時代を象徴する遺構である。社会主義市場経済の現代中国で繁栄を謳歌する上海、その郊外でかつての中国を垣間見る。

中国江南地域の典型的水郷である楓涇古鎮の風情を楽しみながら歩いて行くと辿り着く。

中に入ってみるもあまり広く無く、集団生活の場はおそらく取り壊されたのだろうか、こじんまりとして寄り合い所のような雰囲気を出していた。しかしなかなか社会主義感というか革命感というか、ほんのりディストピア味が感じられる場所であった。

そしてこの人民公社跡の奥には驚愕の記念館がある!

その名も『毛沢東徽章珍蔵館』である! 穆時方という人物が蒐集した毛沢東バッヂを展示している。その展示方法がユニーク。数百のバッヂを使って一つの壁画のような作品としてプレゼンテーションしているのである。

バッヂだけでなく毛沢東の像、毛沢東のマグカップ、毛沢東のお皿…毛沢東マニアには垂涎ものである(?)私はファンではないがこの熱量には圧倒される。

毛沢東グッズではないが、なんと社会主義バリバリの頃の必須グッズ、配給券も展示されている! 計画経済だったころは食料や生活必需品は単純に金では買えなかったのである。1950年代から1990年代初め頃まで使われていたらしいが、開放経済に切り替わった80年代からは配給券が無くとも金で普通に買えるようになったそうだ。

ちなみにさらに奥に進むと戦闘機が展示されている。いわゆる愛国国防教育のための展示らしい。

6月の上海は暑い。ぼんやり歩いて回っただけなのに大分疲れてしまったが、この珍奇な展示に出会えて私はとても満足していた。

 

上海・楓涇古鎮

上海中心部の喧騒を離れて、ローカルで伝統的な小さな水郷の村、楓涇古鎮(ふうけいこちん)へ。上海近郊の水郷といえば周荘や七宝街などが有名で見どころも多いと聞くが、この楓涇古鎮もなかなか見どころが多くそれでいて観光客が少ないという穴場であった。

 

とまあこんな感じの町である。伝統的な上海・江南地域の風情が楽しめる。

どこにでもあるスタバ、どこにあってもスタバとしての風体・品質を保っており見事なクオリティコントロールである。スタバは数年前にそのロゴから「STARBUCKS」の文字を無くす決断をしている。ブランドが消費者に充分浸透したから文字は不要との判断だが、文字を無くすことで景観に溶け込めやすくなっているようにも私は思う。それでいてちゃんと存在感があるのも立派だ。

ちなみに上海市にはスタバが約600店舗あるらしい。日本と同じくらいの価格なのにこの人気はどこに理由があるのだろう…。(参考までに、東京都が約300店舗。ちなみに私の故郷では昨年やっとスタバ第1号がオープンし、そのことを親戚の叔母さんが興奮気味に語っていたのだが…)

 

実は楓涇古鎮へ来たのは町の風情が目的ではなく、人民公社跡地が目的であった。私は特別歴史好きではないが、現地駐在の方からおすすめされたのでせっかくだから行ってみるかとなった次第である。これが大当たり、上海・江南の風情どころじゃなくて中国近現代史、改革開放以前の管理的な社会主義ディストピア感を満喫できるスポットであった。この人民公社跡についてはまた別記事で記したいと思う。

そしてもうひとつ、中国ブックデザインの大家、張慈中の博物館もこの水郷にあり、デザイナーの私としてはとても楽しく観覧することができた。この博物館もまた別記事にて記したいと思う。