クアトロ・パロスコンサート~佐藤弘和氏を讃えて~

感情や思い出を閉じ込めた風景を音符で描く作曲家、私は佐藤弘和氏をそう讃えている。

去る2018年11月28日、代々木八幡にあるクラシックの殿堂・ハクジュホールにてクラシックギターカルテット『クアトロ・パロス』の単独公演が開催された。2016年末に惜しまれつつ逝去された作曲家兼ギタリストの佐藤弘和氏の楽曲を演奏する(1曲除く)、佐藤弘和作品展の続編とも言えるようなプログラムである。

SET LIST

第1部

・想い出のラベンダーヒル

・20歳の頃

・Prism Railway ~佐藤弘和氏を讃えて~ (松岡滋作曲、世界初演)

・Canary[西へ/竜血樹の島]

第2部

・水幻譜(小関佳宏編曲)

・やまと幻想

・光の街 四重奏ver.(小関佳宏編曲)

ENCORE

・東京湾岸高速

 

佐藤氏が音楽で描き出す光景はいつも光を湛えて、瑞々しくて、爽やかで、そして広がるような思いやりがある。曲を聴くと自分の若かりし頃の様々な思い出や気持ち(歓びだったり、甘酸っぱさだったり)を呼び起こしてくれるところが私が佐藤楽曲を好きな理由でもある。(ちなみに若々しさも佐藤楽曲の特徴かなとも思うのだけど、これは大学ギターサークルに曲を献呈することが多いからというのもあるのではないか)

ますは今コンサートある意味一番の注目の、松岡滋氏による佐藤氏トリビュート楽曲『Prism Railway ~佐藤弘和氏を讃えて~』。演奏前にパロスの2ndギター多治川氏がMCで「佐藤先生に会いに行けたらいいな…そういう曲です」と言っていたが、まさにそういう曲で、Prism Railway、列車に乗ってキラキラ輝く光のトンネルをくぐりぬけるような導入、トンネルを抜けたら佐藤楽曲の風景が眼前に広がることを意図したように佐藤楽曲のオマージュが散りばめられている。作曲者の松岡氏と演奏者のクアトロ・パロス、彼らの想いが伝わってきて佐藤チルドレンを自称する私は胸が詰まるような想いがしたのであった。ちなみに多治川氏の先のMCには続きがあって、「(曲の世界から)帰ってこれるかな?」とお茶目なことを言われたのだが、何とか帰ってこれました 笑。

続く『Canary』。初めて聴いたのは2016年末の佐藤弘和作品展vol.6にて、これもクアトロ・パロスの演奏であったが、曲の持つ彩りと物語性(自分は手付かずの自然に鎮座する樹々の様々なグリーンとブラウンを感じたのだが皆様いかがでしょう)、そしてパロスの鬼気迫る演奏に大いに感動&驚愕したのであった。今回も曲の持つ圧倒的スケール感とそれを再現するストーリーテラーとしてのパロスの実力を見せていただいた。

第2部の『やまと幻想』、実は初めて聴くのだが、こういう一面もあるのかと。佐藤氏は風景を描き出す作曲家であると述べさせてもらったが、この曲はまた違う面なんだな、と。珍しく(?)シリアス。そして技巧的。自分にとって新たな佐藤氏像が見れて嬉しいです。

ラストは定番曲『光の街(四重奏ver.)』。元々は三重奏であったのを佐藤氏の愛弟子小関佳宏氏が四重奏用に編曲したものである。とてもステージ映えする盛り上がる曲で、フィナーレにふさわしい仕上がり。元々の三重奏バージョンは東北福祉大クラシックギター部に献呈されたもので、仙台の街の光をイメージした曲、と聞いている(私も僭越ながら佐藤弘和作品展vol.6のパンフレットデザインで光の街をモチーフにしたビジュアルを作成させていただき、有難いことに佐藤氏や関係者にご好評いただけたのだが、そのときは仙台の街の光を遠くから見る、つまり憧れを表現してみたのであった)。そして今回の四重奏バージョンはかなりパワーアップしており、仙台の光を越えてラスベガス!?の光を感じさせる。この四重奏ではいつも包容力のある演奏で皆を支える4thギターの前田氏が打って変わってキラキラした装飾を担当しているのも注目である。個人的にはなぜ前田氏が担当してるのか、意図や想いを聞いてみたくもある。

アンコールは『東京湾岸高速』。私にとって思い出深い曲である。私は2009年佐藤弘和作品展vol.1の宣伝物デザインを一手に引き受けたのだが、パンフレットの表紙をチラシと同じビジュアルで統一感を持たせようと考えていた私に佐藤氏から別のビジュアルにしてほしいとの要望が入り、デザインのセオリー的にはどうかな…とも思ったがトライすることにし、結果的には関係者も自分も喜べるものができた。そしてそのビジュアルモチーフが『東京湾岸高速』であったのだ。アンコールにこの曲を持ってきたパロスはニクい。きらめくようなドライブ感のあるこの曲は気分を高揚させる。「このコンサートは終わりじゃなくて始まりなんだ」そういうメッセージを感じる。

会場では出来立てホヤホヤのクアトロ・パロス3rdアルバム「Recuerdos」が先行販売されていた(正式な発売日は佐藤氏の命日、12月22日とのこと)。こちらもほぼオール佐藤弘和楽曲だ(1曲は先述の松岡滋氏の曲、もう1曲はカバレフスキー氏の曲を佐藤氏が編曲したもの)。まずジャケットデザインに「んん?」と思った。なんだろう、このクラシックCDらしからぬしっくり感…。自然で素直なビジュアル。聞けば使われている写真は佐藤氏が生前iPhoneで撮ったものとのことで、なるほど何の衒いも無くそれでいて家族への密かな眼差しがつまった良き生活写真だなあ、と。そして担当されたグラフィックデザイナーの方の素晴らしい美的感覚によるレイアウト、虚飾のないデザイン。CDを聴く前から胸が満たされる。本当にいいジャケットだと思う。そしてブックレットにはパロスメンバーによる佐藤氏へのメッセージがあり、こちらもぜひお買い求めのうえ確認されたいと思う。

CDのお求めはこちらから。

https://www.gendaiguitar.com/index.php?main_page=product_info&cPath=247_249&products_id=142610

クアトロ・パロス コンサート情報

http://quattro-palos.com/concert.html

 

興味を持たれた方は演奏も聴いてみてください。

名古屋ギターフェスティバル2018

世界でもトップクラスのギタリストを名古屋の地で観られる。それが名古屋ギターフェスティバル(以下NGF)の最大の売りである。昨年はフランスのガブリエル・ビアンコが観客を魅了したが、今年もゲストが負けず劣らず驚かせてくれた。

ポスターもデザインしました。遠くからでも存在を感じてもらえるようにと…
チラシ。ラックの中でもキャラ立ちするように作りました

今年の出演ギタリストはデュオ・グラッチオ(伊藤兼治、高須大地)、生田直基、松本大樹、Tengyue Zhang、徳永兄弟、クピンスキ―ギターデュオの6組9名であった。全員素晴らしかったが、なかでも個人的にはTYことTengyue Zhangにはド肝を抜かれた。

TYは中国出身で現在ニューヨークの超名門ジュリアード音楽院に在学し、昨年ギターコンクールの最難関GFA国際ギターコンクールを制した今ノリに乗っている若手ギタリストである。今回目の当たりにしたその演奏は、パワフルで正確、そして紳士的。みんな大好きタンゴ・アン・スカイ(R.ディアンス)では楽しい気持ちにさせてもらった。続くスクリャービンの主題による変奏曲(A.タンスマン)では小さな音もしっかり聴かせてくれた。そしてその静かで充実した余韻…からのブエノスアイレスの春(A.ピアソラ)! もちろんアサド編曲! この難曲をトップギアでぶっぱなす度胸、技術力。私はもともとブエノス春がとても好きで、原曲もいいがギター演奏も好きでいろんなギタリストの演奏を聴いているが、その中でもTYのブエノス春は至高であった。現在彼のCDでもYouTubeでも録音は存在してないみたいなので、これを聴けた私は幸運であった。また聴きたい! 続く無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第二番よりシャコンヌ(J.S.バッハ)、これまたド定番しかし難曲。楽器の種類を問わず幾多の演奏家がレパートリーに加えている曲だが、TYはTYのシャコンヌを聴かせてくれた。こちらはCDに収録されているのでぜひお買い求めの上聴かれることをおすすめする。すべてはここに記してないが、今回のプログラムは盛沢山。すべてがメインディッシュ。若さっていいな…と思った。

参考までに彼の演奏動画を。スカルラッティのソナタ。

彼の演奏はあまりクセが無く、個性的という感じではない。それだけ曲に対して真摯であるということなのだろう。いずれにせよ大きな才能を目の当たりにして大いに感動した。また日本に来てほしい。(イベント後に少しお話させてもらったが、真面目で陽気な若者だった。日本語を少しづつ勉強してるとのことだが、その習得スピードも速いみたいで驚いた。)

なんと! TYのwebサイトからアランフェス協奏曲がダウンロードできる! 是非訪れたし!

飛ぶように売れたTYのCD

 

NGF夜の部は徳永兄弟とクピンスキ―ギターデュオが最高に盛り上げてくれた。

徳永兄弟はフラメンコギターの天才デュオである。てっきりNGFはクラシックだけのイベントだと思ってたのだが、フラメンコギターの演奏家も招聘するみたいである。クラシックギターの王道をゆくTYの後に聴くと対照的で、クラシックとは違う悦び、違う光景を感じさせてくれた。彼らの演奏に自由さを感じた。逆にクラシックはともすると楽譜をなぞることに縛られているような気すらしてくる(もちろんフラメンコも楽譜があるのだが)。素人考えで言わせてもらえば、クラシックは何というか“完璧”を追求する崇高な営みのように思うのだが、フラメンコは月並みな言い方だが“情熱”を表出する行為のように思う。加えて言えばフラメンコは“場”の意識が強いように思った。聴衆も同じ舞台にあがって聴いているような…もともとフラメンコダンスの伴奏ということもあるのだろう。

そしてクピンスキ―ギターデュオ(今回のポスター&チラシを飾ってもらいました)。ロングスカートのエヴァ(美人)が舞台袖から入ると一瞬で会場が華やかさに包まれた(もちろんダリウスも舞台映えするのだが)。当たり前だけどめちゃウマデュオでした。そしてエンターテイナー。きっちり楽しませてくれました。ラプソディーインブルー、ギターは小さなオーケストラとは言うけれど、小さなオーケストラが2つ組み合わさったらどうなる? 軽やかで華やかで、自由自在。それはそれはうっとりするような時間でした。

超一流演奏家を同日にこんなに聴くことは無い、そう断言できる音楽イベント『名古屋ギターフェスティバル』。私もビジュアル面で携わらせてもらってるが、もっとこのポテンシャルを発揮できるようデザインでバックアップしていきたいと思います。

https://guitar-fes.nagoya/

 

会場では名工によるギターを試奏できる

山下和仁ギターリサイタル「ゴヤの絵による24のカプリチョス全曲演奏会」

1音目から魂を引っこ抜かれてしまった…。ご存じ、世界の山下のコンサートである。最初っからフルスロットル、放つ衝撃に圧倒され、終演後も余韻が消えない…

会場であるイタリア文化会館

3人の偉大な芸術家によるコンサートである。スペイン最大の画家と呼ばれるフランシスコ・デ・ゴヤが1799年に出版した版画集「ロス・カプリチョス」(カプリチョスは『気まぐれ』の意)、その全80枚の中から24枚を選びギター作曲家の大家マリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコが曲を付けた組曲「ゴヤの絵による24のカプリチョス」、それを日本が誇るギタリスト山下和仁が演奏するのである。

ロス・カプリチョスは当時の貴族や聖職者、そして庶民の堕落を描いた風刺画である。コントラストのある版画である。喜びや楽しさという明るい面と、嘘や欺瞞、悪徳、迫害など人間の暗い面を1枚の中に描いている。描かれる人物は活き活きとして、滑稽で、そしてグロテスクである。(ゴヤはその後「戦争の惨禍」「我が子を喰らうサトゥルヌス」などグロテスクというかグロ方向に突き進むのであった。)

ステージ後方に巨大なスライドを投映し、通常ならステージ中央に位置する演者は脇に寄る。ゴヤの版画を見ながら演奏を聴くのである。会場は消灯され手元も見えぬほど暗く、ステージ上の山下氏に控えめなスポットライトが当たるのみである。コンサートは第1番「フランシスコ・ゴヤ・イ・ルシエンテス、画家」で幕を開ける。ゴヤの版画の世界を広げるストーリー・テラーとしての演者、との想定は一瞬で裏切られる。優れたアートは一目で分からせるように、優れた演奏家は一音で分からせる。最初の1音目で真っ暗な空間が山下氏の放つ光で満たされ、音楽の旅が始まる。いや、旅なんて悠長なものではない。ジェットコースター、それも一瞬でトップスピードに到達するタイプのジェットコースターだ。CDで予習はしていたが、生で聴く山下氏はまさに鬼神、縦横無尽、爆音爆速で躍動していた。

第1番「フランシスコ・ゴヤ・イ・ルシエンテス、画家」(版画画像はすべてwikipediaより)

最初の数曲は急発進の慣性に押しつぶされていたが、もちろん曲の世界、音楽の表現するところが疎かだったということでは無い。あまりメモが取れずにいたが、記憶にある分を以下に記す。

12番「仕方がなかった」。暗い感情、にじむような後悔が感じられる。魔女狩りにより迫害され処刑されゆく無実の人と囃し立てる人々が版画には描かれている。暗くじめじめした印象が表現されていた。

第12番「仕方がなかった」

18番「理性の眠りは怪物を生む」は全24曲のうちの1つでありながら大曲の風格・密度を持つ曲である。絵の中の眠っている人物はゴヤであると言われており、背後の動物(フクロウ、コウモリ、ピューマ?など)は怪物のように広がる夢の世界を意味するのだろうか?それとも怪物がゴヤに絵を描けとどやしているのだろうか?どちらにしろ視線は上方へ昇り、私は未知の者に対する恐ろしさを感じた。曲も大曲感、ダークな上昇感というのだろうか、荘厳さを感じた。(これを書いている今、他のギタリストが演奏するこの曲を聴いてみたのだが印象が全く違った。山下氏の迫真の演奏が大曲へと変貌させたのだろうか?もちろんどの曲も迫真の演奏ではあるが。)

第18番「理性の眠りは怪物を生む」

24番「嘘と無節操の夢」。最後の曲である。顔が2つある女性が2人、その女性にすがりつく男、よくわからない顔だけの人物、ヘビにカエル、遠方に見える要塞…奇妙でまさにグロテスクな1枚である。長かった全曲演奏会も第1番の主題で幕を閉じる。万感の演奏である。

第24番「嘘と無節操の夢」

鳴りやまぬ拍手。山下氏は舞台袖に引っ込んでも鳴りやまぬ拍手に応えるためまた戻ってを繰り返し、都合3度のカーテンコールを浴びた。私は素晴らしい演奏を全身に浴びて湯あたりのような余韻がしばらく抜けず、会場を後にしてもすぐ電車に乗ろうとも思わず、心身の熱気を放散するように歩き回ったのであった。