『どんな球を投げたら打たれないか』著:金子千尋

私は子供のころから野球を続けており、いい歳した今でも草野球チームに所属し毎週のようにプレーしている。学生の頃は内野手だったが草野球では主にピッチャーを務めている。思うに、ピッチャーというのは専門職である。

まずピッチャーの投球動作というのは非常に複雑で繊細であり、ある程度の訓練が必要とされる。運動神経がいいだけではストライクはとれないのである。そもそも普段平地で運動している人にとってはあのマウンドというのが投げにくくて仕方がない。そして投球動作の難しさに加え、心理面の難しさも大きい(他のポジションが気楽というわけではないが…)。投球練習ではストライクが簡単に入るのに、相手バッターが打席に入るとなぜかストライクゾーンに入らなくなる。フォアボールを一つや二つ出すと腕が縮こまり、球の勢いも無くなる。ランナーを満塁にしたあたりから自チームの空気が冷たくなっていくのが分かる。

例えば投球動作をある程度習得し、ストライクゾーンに速い球を投げられるとすれば、試合ではその同じフォームで投げ続ければいい。しかしそれが難しい。試合開始直後の緊張した状態や、ここを抑えれば試合終了という場面の焦り、あるいは仲間が大量得点をあげてくれ安堵してしまった場合など、何かのきっかけで心理面の均衡が崩れ、投球動作のどこかに小さな影響が生じる。複雑で繊細な投球動作ではその小さな影響により投げる球の勢いや行方が大きく変わることもある。私は最終回で気負ってしまうのか、フォームが崩れることが多い。ピッチャーに求められる資質というのは二律背反的で酷なものがある。精密で複雑な投球動作を実現するための細やかさと、いざ試合において雑念が生じないような鈍感さ。よくピッチャーはお山の大将、田舎の大将、みたいな言われ方するがまさにそうである(私は全く大将的ではないので苦労している)。

そんな私が今更ながら読んだのが本書である。日本を代表するピッチャー金子千尋(2019年現在登録名は金弌大)が沢村賞を受賞した2014年に著したものである。独特の感性を持った個性派選手と評されることも多い著者がその独特の投球論を語る本書は、存外草野球の選手にもたいへん参考になるものであった。とくにピッチャーの心理を把握し制御するメンタル術はすぐにでも試されたい。

さて、力まずに気負わずに投げることが同じ投球動作を導くと先ほど書いた。ではどうやって!?本書によるとその答えは「投げようと思わないで投げる」だそうです。投げたくない、でも投げなくちゃいけない、言ってしまえばイヤイヤ投げる、と。仕方なくピッチャーズプレートを踏んで、後ろに引いた足を上げて…そうしたら後は“仕方なく”ボールを投げるしかない。これは私にとって衝撃的な考え方であった。相手を抑えてやろう、速い球を投げてやろう、と無意識に欲を出してた自分に気づかされた。

投球動作を行っている瞬間というのは実はとても長い。1秒ちょっとではあるが、その1秒でいろんな思考が去来してくる。気持ちが乗っているときは実は何も考えてなかったりして、そういうときはいい球がいいコースにポンポン行くもので、敵無しの状態である。調子が悪い時ほど雑念がコンマ数秒ごとに浮かんでくるのである。「この足のあげ方だと右に外れるな…」「ストライクが入らなかったらどうしよう…」という不安を元とした思考が訪れ、精密さが肝要の投球動作に小さなバグを生じさせる。なるほど淡々とした気持ちが安定した投球につながるのか。

また、「そこに投げなくてはいけない」「そこに投げておけば安心」この2つの心理は大きく違うと説く。たしかに、前者ではイやな気持ちが去来し、投げるべきコースから目を逸らしたくなる。投げたいコースをクリアに意識できないとコントロールはぐっと悪くなる。後者では“安心”という言葉のおかげで投げたいコースを意識することができる。これも安定したコントロールには欠かせない心構えであろう。

ピッチャーズプレートに足を置く位置の解説も面白い。セオリーでは右ピッチャーはプレートの三塁側を踏むことで、右バッターには背中側から球が来るように感じさせる角度あるボールを投げられるとされている。これを著者はセオリーと反対の一塁側に足を置くとしている。バッターにとって脅威である角度のあるボールを捨てることになるが、角度が無くなることでコントロールがつきやすくなる。とくにシュート系の球はコントロールしやすくなるらしい。バッター目線で考えるならセオリー通りのプレート三塁側だが、ピッチャー目線の投げやすさを優先するわけである。

勝負事は相手に勝つことが目的ではあるが、その前に自分に勝たなければいけない。自分の力を発揮させることへの工夫が安定した活躍につながるのだろう。

 

 

僭越ながら自分も先日草野球のマウンドで本書の投球エッセンスを試させてもらった。まずプレートに置く足の位置を一塁側に持って行ってみた。これがなんと大変投げやすいのである。素直にまっすぐ足を踏み出し、まっすぐ腕を走らせれば、難なくストライクゾーンに収まってくれるのである。考えてみれば三塁側からゾーンに投げるのであればいくぶん無理をしなければいけなかったのだろう、まっすぐ脚を踏み出せば上半身は少し外角に向けてひねらなければいけない。イメージとしては腕の軌道がプレート一塁側投球ではまっすぐな滑走路で、プレート三塁側投球では少しカーブのついた滑走路(そんなものは無い)である。シュート系の球もゾーンに投げやすい。そして何より、バッターの内角を狙う際の窮屈さが無くなることでデッドボールを与える不安が減り、安心して腕を振ることができるようになった。

マウンドでの心構えも「仕方なく投げる」ようにしてみた。なんとなく気だるいような、イヤイヤ感を体で表現してみたのだが、これまた安定した投球につながったのである。まず投げ急ぐことが無くなった。自分のペースを乱しづらくなったのである。そして投球動作そのものがぐっと良くなった。仕方なく投げるかあと思って動作を始めると、自然と軸足に体重を乗せるようになる。

細かいコントロールを付けるときも、「そこに投げておけば安心」とある種気だるさを含んだポジティブさで臨んでみるとこれが案外いいところに行くようになるのである。

 

 

相手を抑えてやろうとかより、自分がコンスタントにストライクをとれる。草野球ではとにかくこれが大事である。

もちろん本書ではプロの息詰まる勝負・駆け引きについても詳しく書かれており参考になるかは別として、読み物としてもとても面白い。

 

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