『野球崩壊』著:広尾晃

誰のための野球界なんだ?

何のための野球なんだ?

 

 

現在日本プロ野球の観客動員数と各球団の収支は以前(例えば20世紀)より大幅に改善されており、ここだけ見れば日本の野球の今と未来は明るい!と思えるのだが、その実このままでは将来は暗く、今もすでに暗いのである。本書は日本のナショナル・パスタイムたる野球の惨憺たる現状と課題を明確に記述した全野球人必読の書である。

提示された日本野球界の問題点は多く、重い。子どもたちの野球離れ、金まみれ体質、「マフィアが指導している」とまで言われるパワハラ・暴力問題、団結できない野球界…運動部に所属したことのある人ならピンと来るかもしれない。多かれ少なかれ日本のスポーツ界には似たような問題はあるだろう、しかし現状日本で1番人気のあるスポーツである野球の抱える問題はそれに比例して大きい。本書はまずはその問題の原因を解説しているのだが、これがなかなか絶望感がある。例えば子どもたちの野球離れの原因の一つに「親の負担」が挙げられていて、それは遠征時の車による送迎やお茶当番、またそもそも野球は用具などで費用がかかる、という理由なのだが、これはどうやって解決できる?ちょっと考えただけでは出てきようもない。大体リトルリーグや少年野球団の指導者もほとんど無償でやっているのである。崇高なる野球道には多少の犠牲はつきものである、というのが野球人の深層心理にはあるかもしれない。自分自身野球界にいたので、自戒を込めて。次に金まみれ体質、これを解決するのはほぼ不可能なのでは…。そしてパワハラ・暴力、これは少しづつではあるが改善しつつあるのではないか。世の中が変わってきているからである。世間の目によって改善するあたりが自浄作用のなさを表しててそれはそれで闇が深いのだが。さて団結できない野球界については、これは野球にかかわる団体が分かれていて統括する存在がいない(プロ、アマ、学生、社会人など主催団体が分かれている)、各プロ球団が企業宣伝のために存在しており各々の利害が一致できない(もともとが各新聞社などの販促の一環だった)、という如何ともしがたい原因があるからである。誰かが犠牲を払わないといけないのか。

そして日本プロ野球の根源的な問題の指摘が重く鋭い。「そもそもの理念が無い」。である。

プロ野球の対抗馬であるJリーグが掲げた「Jリーグ百年構想」というものがある。それは、「スポーツでもっと幸せな国へ。」というビジョンのもと打ち出された計画である。ビジョン実現のための目標として

あなたの町に、緑の芝生におおわれた広場やスポーツ施設をつくること。

サッカーに限らず、あなたがやりたい競技を楽しめるスポーツクラブをつくること。

「観る」「する」「参加する」。スポーツを通して世代を超えた触れ合いの場を広げること。

というのが宣言されている。…つまり、自分たちの究極目標は金もうけでは無いです、ということである。自分たちが世の中にどう貢献したいか、である。

こき下ろすようで悪いが、ここで日本プロ野球機構のスローガンを見ていただきたい。2018年のスローガンは「野球の夢。プロの誇り。」である。非常に興行的である。このスローガンそれ自体は悪くない。興行を盛り上げる意図なら良いとは思うが、野球界、ひいては世の中に貢献したいという意志が感じられない。企業の理念もそうだが、世の中に貢献したい気持ちが無いものは知らず知らずのうちに足元を見られるものだし、尊敬されない。そもそも毎年コロコロ変えてることが理念のなさを表している。言うは易し行うは難しではありますけどね。

 

将来の野球人気への不安で、本書で表現された言葉で秀逸なのが、「野球への親近感が薄れている」であった。野球競技人口の減少が叫ばれて久しいが、実はリトルシニアやボーイズリーグ、強豪高校野球部など、野球エリートの人口は減っていない。一方で一般の人や子どもたちの野球離れは進んでいる。これを「野球への親近感が薄れている」と表現しており、人々の興味・関心が細分化された現代では仕方の無い面もあるが、これでは業界が先細るだけである。

そして「マフィアが指導している」とまで言われるパワハラ・暴力。これは日本の体育の一番の病理であろう。私自身少年野球に始まる野球歴があるが、2019年現在ですら、少年野球における暴言はひどい。「てめぇ何やってんだ!」「お前気抜いてんじゃねぇぞオルラァ!!」何故罵声を浴びせる?子どもたちに野球を好きになってもらいたくないのか?

…ただ、少年野球のコーチたちは悪い人間ではないはずだ。そもそも自分の休日投げうって指導にあたっているのだから。罵声は浴びせるが、面倒見はいいという一面のある人たちばかりだろう。私思うに、根本の問題は人間性ではなくて、野球界のコミュニケーションのプロトコルなのではないかと。本書で紹介されてるアメリカの少年野球のコミュニケーションの取り方では、たとえばエラーしても「ナイスチャレンジ!次はもう一歩踏み出せばとれる!」というとのこと。しかしどの国でも人間の本心は変わらないもので、失敗を改善してほしいという思いは皆あるだろう。ただ他人への問いかけの仕方は違う。日本人はそこを会得したらよいのでは、と。自分自身を省みて、他人をやる気にさせる言葉を選びたいと思う。

 

読んでいると暗い気持ちになる本書だが、一方で光も覗く。野球界の現場で奮闘している人たちのインタビュー。独立リーグで奮闘している鍵谷さんのお話は力強い。問題点は俎板に乗せた。あとは一歩一歩やるしかないだろ!という気概はどの業界でも一番大事なことだ。

筆者による野球界への提言も鋭い。Jリーグ100年構想に加わるべきという提言は、野球というカテゴリーに留まるな、自分たちがスポーツを通して社会へどう貢献できるか問うべきだ、というスケールの大きくかつ根源的な提言である。(ただ実行できるかと言われると…)

 

 

野球というのはある種政治ドラマみたいな複雑さ・面白さがある。その様を見るのは日本で生きていく上でおおいに勉強になるが、そんなことはとっぱらってとにもかくにも、子どもたちには野球を好きになってほしい。本書にて記された、アメリカの子どもの発した言葉、

「明日も明後日も野球がやりたい!」

仮に自分が指導者だったら、これ以上素晴らしい言葉はない。

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