書評『スッキリ中国論 スジの日本、量の中国』著:田中信彦

中国人は列に割り込む…よく言われることだし、自分自身中国で割り込みを何度となく見かけた。しかしいつも不思議に思っていたのは、「割り込まれた方はまるで気にしていない」ということだ。怒りを抑えているという感じには見えず、そもそも意に介してないようにも見えた。なぜ割り込まれたのに怒らない…?この長年の問いを“スッキリ”させてくれたのが本書だ。

本書は「スジの日本、量の中国」のとおりスジ思考=日本式、量=中国式という構図で終始展開される。その説明事例として「中国人はジュースを買うときに小銭を借りても返さない」というのが本書ではあげられている。日本人的にはいかに少額といえど借りたものは返す“べき”であるというのが常識的感覚として共有されているが、中国人的感覚ではジュースを買うくらいの小銭なら貸す側にとって“実質的”に損失ではないので返す必要は(返される必要も)ない、というのがその説明である。これは文化の違いであって、善悪や正邪の問題ではない。日本人は物事の大小ではなく規範で判断し、中国人は観念的規範ではなく現実的影響で判断する、その違いを知れば異文化にストレスを感じることも無いし、対応しやすくなるだろう、というのが本書の主な主張である。

冒頭の「列に割り込まれた中国人はなぜ起こらない?」にもこのフレームワークで答えている。割り込む方は「これくらいの人数なら大して迷惑はかからない」、割り込まれる方は「これくらいの人数なら大して問題ではない」、これがその答えである。なるほど、これは説得力がある。“大陸的”というか大らかというか、何にせよ大雑把だなあと思っていたが、“量”という軸で判断していたのだなあ、と合点がいった。ちなみにこう書くと意外に思われるかもしれないが、私の知る範囲では中国人は思想やイデオロギーにあまり関心が無いように見える。たしかに思想にかぶれても自分の収入が増えるわけでもない。そんなことより自身のビジネス(≒現実)に集中したいよ、と。これも量の思考なのだろう。しかし本書でも書かれているが、この量の思考は個人の生き方としては有効だが国や社会という全体の効率という観点ではスジの方に利があるかもしれない。これも本書の一つのテーマでもある。

ここで本書におけるスジと量のメリット・デメリットをご紹介しておきたい。スジには「行動が計画的になる」「仕事の前準備をするのでスムーズに進みやすい」「行動後の問題の発生率が低い」というメリットがあり、「決断に時間がかかる」「前例にとらわれやすく、変化しにくい」「心配過多で結果的にムダが出やすい」「製品・サービスがオーバースペックになりやすい」というデメリットがある。量には「決断が早い」「臨機応変」「うまくいっている時はムダがない」というメリットがあり、「規範性が低い。人や状況によっていうことが変わる」「継続性に乏しい」「ものごとの本質を追求する姿勢が弱い」「同じ失敗を繰り返しやすい」というデメリットがある。(完全な引用ではないが、一応引用しましたということで)。本書内で何度も書かれているように、ここにあるのは“違い”であって、“優劣”ではない。

さて本書の全6章のうち第1章は主に中国人の性格というものの解説になっており内容的に読みやすいのだが、第2章以降内容が労働観やビジネス観、社会観などの日中比較文化論になり、いい意味で読みごたえが出てくる。以下かいつまんで要約させていただきたい(私の解説や感想が加えられているので、本書の内容を正確に要約しているわけではないことご留意ください)。

●リーンな日本、ファットな中国

リーンとは痩せて筋肉質という意味で、日本企業はトヨタのカイゼンなどに代表されるように経営のムダをそぎ落としつつ効率をあげることが得意であり、それがある種美徳ともされている。対して中国はファット、ぜい肉が多く非効率でムダが多いとしている。中国式経営ではまず“先に”従業員にそれなりの報酬や権限を与えるからである(日本はまずは安く採用し、活躍すれば後で報酬が上がる)。たしかに伸び盛りの中国市場においてはムダのない引き締まった経営をするより、多少のムダは気にせずジャブジャブ投資してでっかく回収するのが良さそうではあるが、今後中国経済が成熟し商品に付加価値が求められるようになるとぜい肉を落とし筋肉質にならないと競争できないのではないか。

●稼ぐなら「投資」の中国、「仕事」の日本

日本人的には「稼ぐ」という言葉は暗に仕事量を増やしたり仕事の質を増やして単価を上げることによって収入を増やす、つまり自分が働くというニュアンスがあると思うのだが、本書で言うところの中国人的感覚では「稼ぐ」というのは自分ではなく投資(=お金に働いてもらう)によってというニュアンスがある。たとえばショッピングモールひとつとっても日本人的には接客を見直したりテナントを入れ替えるなどしてモールの質を高め集客と客単価を向上させる、それが稼ぎになるのだ、と考えるだろう。しかし中国人的にはまずモールを作り、その時点で周辺の地価が上がり、さらにホテルやマンションを組み合わせて付加価値を大幅に高めてさらには地元政府を巻き込み地下鉄や高速道路を引き込んで資産価値を高めていく…と。もちろん日本でもディベロッパーはこのような戦略ではあると思うのだが。ちなみに中国で美術館の新設が盛んなのも同様の理由にあると言われている。このあたりは美術手帖2018年10月号に掲載されている中国人美術評論家・姜俊文氏による論考に詳しく解説されている。

またこの項にはあのWe chat payをはじめとする電子決済システムがなぜ大流行したかの解説もある。気になる方はぜひ本書を読まれることをおすすめする。

●中国人があっさり会社を辞める理由

「安定」とはどういう状態を言うのだろう?日本人のイメージする安定は、しっかりとした会社に属し、できれば定年まで勤めあげることであろうが、中国人的には、世の中は常に変化するものだから、一つの場所に根を下ろさずいつでも転職できるフレキシブルな自分でいること、それが安定である、と。この生き方は中国における個人の生き方としてはたしかに理にかなっているとは思うのだが、一方で企業や本人に経験の蓄積がされにくく、また製品・サービスの改善も成されにくいというデメリットがある。日本式の一見ぬるま湯のような雇用システムも、製品・サービスのクオリティアップの土壌であると気づかされる。そして一方で今のあり方に限界を感じ始めた中国の経営者たちが日本式雇用や管理、職人気質というものに強い関心を持っているとも本項では書かれている。

●スジの日本が生きる道

現代中国の少なからぬ数の中国人が日本製品を愛好している。電気釜や保温ボトル、包丁などがその高性能さゆえに売れているそうだ。これは日本企業が長年人知れず(?)クオリティアップに努めてきたことが、中国のホワイトカラー層の拡大とそのライフスタイルの移り変わりにジャストミートした結果である。今後もこの層は増えていくので、消費者の生活をより良くしていくという愚直なまでの理念で商品開発を続けるべきだ。

 

中国ビジネスの観点だけでなく日本式思考を見つめなおすという意味でも非常に考えさせられる内容が多く、本記事で書かせてもらったのはその一部に過ぎないが、おおむね通底するのは、スピード感を持ってでっかく稼ぐ中国と、少しづつ積み上げていくことを良しとする日本の違いである。作家の邱永漢が「日本人は職人、中国人は商人」という名言を残しているが、スジの思考=職人的、量の思考=商人的、と見なせるだろう。本書でも度々言及されるが、両者に優劣はなく、違いに注目すべきである。たしかに21世紀に入ってからというもの世の中変化が早く、中国式の量の思考が効果を上げているが、日本式のスジの思考には瞬発力こそないものの持続性・持続可能性という利点があるわけで、両者どちらかに主軸を置くにしても一方のエッセンスを取り入れていいとこどりをするのが良いのではないか

 

話は逸れるが、私は2010年に初めて中国の地に降りて以来、中国人・中国社会を理解しようと努めそして多少なりとも分かってきたつもりである。しかしその一方で副作用的に日本人・日本社会というのを改めて知り始めていることに気づいた。海外に行くと自国を見つめなおすとはよく言われるが、まったくその通りである。旅は自分を勉強させるのである。

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